JOHN COOPER

◆ ジョン・クーパーの歴史

ジョン クーパーという名は、イギリスではめずらしくありません。しかしここで紹介するジョン クーパーとは、世界で広く知られている『服地のジョンクーパー』です。

古い文献によると、創業家のクーパー家の一族(クーパー家の主人の多くはジョンという名前でした)は、17世紀から18世紀の終わりにかけて、ロンドン北部、セント・ネェオッツ近郊の村、イーンスバリーとその周辺で、「ヨーメン(yeomen)」と呼ばれる独立自営の羊農場を営んでいました。
当然のことに、この一族のある者は「ドラッパー(店を構えた服地屋)」になっていきました。
そして、ジョージ・クーパーもまた1770年にこの町のハイ・ストリートに店を構え商売を始めたのです。

このジョージは7人の子供に恵まれ、その中の一人であるジョン・クーパーは、1820年、僅かの使用人と共に商品を押し車に載せてロンドンへと向かいました。
ロンドンに着いたジョン・クーパーはセビル・ローにつながるミル・ストリートという所で商売を始めました。
1847年に、ジョン・クーパーはその息子のジョン・ジョセフ・クーパーを「生涯すべての時間を商に捧げる」ということを前提に自分の商売に参加させ、「ジョン・クーパー&サン」社として本格的なロンドン・マーチャントへと店を発展させていきました。

その後、1866年にはそこからワーウィック・ストリートへと店を移します。

1892年には、ジョン・ジョセフ・クーパー自身も息子を授かりこの子にもジョンという名がつけられました。そして、この息子ジョン・クーパーが65年もの間、商業の中心地であるセビル・ローの店を切り盛りし、世界中にその販路を広げていくことになります。

なお、1971年、「ジョン・クーパー&サン」社は「ホーランド・シェリー・グループ」と合併し、更なる世界的な地位と名声を手にし、現在に至っています。


◆ 特徴と背景

1880年にジョン・ジョセフ・クーパーはフロック・コート時代の伝統的な黒やグレーといった色調を打ち破り、「スコッチ・ウールン&ハダスフィールド」や「ウェスト・イングランド・ウーステッド」に代表される新しい色柄を次々と提案していきました。
有名なマニファクチャーである「ジョージ・ロバート/セルカーク」と共にチェビオット・クロスにシルク・ストライプを登場させたのは、外ならぬ彼だったのです。

彼の息子ジョン・クーパーもまた、その色彩のティストを受け継ぎ、20世紀初頭から店の見本帳にパープルはもちろんのこと、他の明るい色柄を多くのせていました。

また、当時においても、ワイド・ストライプや大きめのウィンドゥ・ペーンといった柄は、ジョン・クーパーのコレクションとして有名なものであり、かつまた重点がおかれていましたが、それにもまして、彼は品質というものをとても重要視していました。

1920年に「ラバット・クロス」の新しい色柄を仕入れた時、ジョン・クーパーはセビル・ロー5番地の店の屋根にそのサンプルを半年間も広げたままにして、自分自身でその色落ちの無いことを確認したという話が、彼がいかに品質を重視したかを物語るエピソードとして残っています。

今日まで「ジョン・クーパー」の基本として受け継がれたこの色柄・品質に対する執拗までのこだわりは、カシミヤ、モヘヤ、スーパー100・ウーステッドやハダスフィールドのファンシー素材他、多くの高級服地を格調高いセレクションとして日本のマーケットに提供できる英国服地商の一社である所以でもあるのです。

長い年月の間、服のスタイルはさまざまに変化しつづけてきました。
しかし、「ジョン・クーパー&サン」社の扱う服地の高品質は今日でも変わることなく守りつづけられてきました。
だからこそ、この長い歴史と伝統に培われた風格は、世界中の著名人はもとより英国王室をはじめ世界中の名士達の絶賛を浴び、認められつづけているのです。


◆ DOBCROSS 生地

英国が誇る老舗ブランドのジョンクーパーが創出するドブクロス生地。その風合いは大変柔らかく、類まれなる気品を持ち合わせています。
「ドブクロス」とは服地を織る織機のことですが、本来は、産業革命当時の英国織物産業の中心地であった村の名前です。
そのドブクロス(DOBCROSS)村で発明された織機なので DOBCROSS LOOM(ドブクロス織機)と呼ばれるようになりました。
そして、その織機で織られた生地が『ドブクロス(DOBCROSS)生地』なのです。

この織機は1800年代後半~1960年あたりまで生産されてきましたが、大戦後の技術革新により、より高速な織機に取って代わられて行きました。

現在の「レピア式織機」や「エアジェット式織機」は緯糸(ヨコ糸)を高速に通すのが特徴で、特にエアジェット式では一分間に約600回通すことが可能となりました。
この高速で緯糸を通す作業は、織機の稼動仕様そのものを変えました。高速で機械を動かすため、特に経糸(タテ糸)をコントロールする綜絖(そうこう)という個所の稼動域がより小さくなっていきました。
従来上下に開いていた綜絖が、上にしか開か売なくなったのです。
その結果緯糸のテンション(張り)が強くかかり、緯糸をはさむ経糸も上から押さえつけるようになったため、ウールが持つ柔らかで自然な風合いが殺されていったのです。

これに対しドブクロス織機は従来通り木製のシャットルで緯糸を通し、そのスピードは一分間に約100回。一日に約40メートルしか織る事が出来ません。が、しかし、この熟練職人が木製シャトルを使いゆとりを持って丁寧に織り込んだドブクロス生地が持つ本来の優しい風合いは、生産性のみを追求した現在の織機では到底真似る事は出来ません。

そして、われわれJohn Cooper(ジョンクーパー)では、完全オリジナルのドブクロス生地をお客様のお手元にお届けいたします。
この機械に是非、伝統の温もり「ドブクロス生地」をぜひお試し下さい。 

ちなみに、「ドブクロス」の名称はHolland & Sherry社の登録商標となっており、同社が運営するハダスフィールドの Dobcros Weaving Company のみが、14台しか残っていないドブクロス織機を使って服地を織っている世界で唯一の工場です。